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  • 越前敏弥
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2017年6月10日 (土)

パロディ本『ダ・ヴィンチ・コッド』から名訳・珍訳集(1)

 朝日カルチャーセンターの文芸翻訳講座「英米小説の翻訳」では、4月期の教材として、『ダ・ヴィンチ・コード』のパロディ本である The Da Vinci Cod を扱っています。

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 これは脱力系ユーモア満載の本で、作品として全体を翻訳刊行するのはむずかしいのですが、ことば遊びなどが非常に多く、語学や翻訳の勉強を楽しみながらつづけていくには最適のものなので、教材として使っています(4年ほど前にも使いましたが、今回は別範囲です)。

 たとえば、登場人物の名前をどう「訳す」かだけでもなかなかおもしろく、このことについては『翻訳百景』で1章を割いて説明しました。

 主要登場人物4人の名前の「訳」は以下のとおりです(なぜそのような訳に至ったかや、当時のクラス生の名訳・珍訳例などは、『翻訳百景』に載っています)。

 Robert Donglan  ロバート・ドングラン
 Jacques Sauna-Lurker  ジャック・サウナデネール(またはサウナニカクレール)
 Charles 'Curvy' Tach  チャールズ(またはシャルル)・"クネクネヒゲ"・ターシュ
 Sophie Nudivue ソフィー・ヌードミテネー

 今回扱っている範囲でも、毎ページのように妙ちきりんなことば遊びが登場するので、これから何回かに分けて、新宿・横浜・中之島のクラス生の名訳・珍訳を紹介していきます。

 今回はロバートとソフィーのやりとりから。ソフィーはフランス人なので、ときどきたどたどしい英語を話します。

"You were right on the badge, I fear." said Sophie.
"On the badge? What do you mean?"
"Is that not the correct phrase? Right on the button ― is that it?"
"Button?"
"What I mean is that you were correct in your supposition. You are being framed."

 つまり、ソフィーが伝えたいのは、ロバートが正しい推測をしたということですが、それをうまく言い表す英語を思いつかず、意思がよく伝わらない場面です。on the badge はまったく意味が通らない英語で、on the button は「ぴったり」「当を得た」などの意味を持つ成句であり、ボタンと言うべきところで、まちがってバッジと言ってしまったというわけですね。

 この個所の処理として最もまずいのは、なんの工夫もなくそのまま「ボタン」と「バッジ」と訳すことで、たとえば「バッジの上」を「ボタンの上」と言い換えたところで、日本語にもともとそんな成句がない以上、「英語に不慣れなソフィーが慣用句を言いまちがえた」という肝心の意味がまったく伝わりません。

 ここでの訳出処理で必要なのは、「まちがった言いまわし」→「それに似た正しい言いまわし」の順に並べることですが、さらに言えば、ここはロバートが"Button?"と尋ね返していることもあり、「まちがった言いまわし」→「ちょっとずれた言いまわし」ぐらいにしておくのもひとつの手です。この作品で何より大事なのは「読者を笑わせること」ですから、二段構えにしておいたほうが遊びやすいのです。

 クラス生の訳のうち、まず「まちがった言いまわし」→「正しい言いまわし」の例で成功していると思えるものをいくつか並べてみます。

・どんしゃり→どんぴしゃり
・どんぽちゃり→どんぴしゃり
・煮干し→図星
・たたり→あたり
・縄にかけられた→罠にかけられた
・餡があたった→勘があたった
・タマを射てる→的を射てる

 つぎに、「まちがった言いまわし」→「ちょっとずれた言いまわし」の例です。こちらの場合は、「ちょっとずれた」を見るだけで「正しい言いまわし」が何なのかを読者が想像できるような訳語でなくてはなりません(ただし、成功すればこちらのほうが笑えます)。また、正しい表現が読者に伝わるかぎりにおいて、思いきって「まちがった言いまわし」→「さらにずれた言いまわし」にする手もあります(これがいちばん笑えるはずです)。

・瀬戸内海に追いこまれる→瀬戸物に追いこまれる
・窓際に追いこまれる→生え際に追いこまれる
・運一発→金一封
・ぽっきり→ぴっかり

 もちろん、どれで笑えるかは人それぞれですが、上に並べたものはどれも正解の範疇にはいるでしょう。
 この個所全体のわたしの訳は以下のとおりです。第2グループに属します。

「残念だけど、ばっちいようね」ソフィーは言った。
「ばっちい? どういうことだ」
「そういう言い方をしない? ぱっちり――だったかも」
「ぱっちり?」
「つまり、あなたの推察どおりだってこと。仕組まれたのよ」

 同じようなことば遊びを、あと数回紹介します。

 次回扱う個所の英文は以下のとおりです。1週間後ぐらいにまた生徒訳を紹介する予定です。

"A scape-goat." said Robert, miserably.
"But, with my help, perhaps we can make you not scape-goat but an escape-goat." She smiled. Then she said: "I have made a joke. Do you see?"

 朝日カルチャーの「英米小説の翻訳」では、7月期も引きつづきこの作品を課題として使います。日程とお申しこみページは以下のとおりです。
 
新宿火曜午前(7月4日&8月1日&9月5日、10時から11時30分)
新宿土曜午後(7月1日&8月5日&9月2日、12時30分から14時)
横浜(7月8日&8月26日&9月9日、15時15分から16時45分)
中之島(7月22日、13時から16時)

 ほかの講座・講演についてはこの記事をご覧ください。
 

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