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  • 越前敏弥
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2016年3月22日 (火)

語学力について

  『翻訳百景』や『日本人なら必ず悪訳する英文』などには、翻訳の仕事をするための最も大事な適性として、「日本語が好き」「調べ物が好き」「本が好き」の3つをあげています。そのせいなのか、外国語を読む力はあまり重要ではないと錯覚していると感じられる人を、近ごろはクラス生やネットでの発言などでときどき見かけます。

 わたし自身、翻訳をするにあたって「日本語がものすごく大事」だと当然思っていますが、「日本語のほうが大事」や「外国語力は重要でない」などとは思っていませんし、そのような趣旨の発言をしたこともありません。これまでの著書などからいくつか引用させてください。

 まず、『日本人なら必ず誤訳する英文』の187ページから188ページにかけて。3つ目のインタビューの後半です。

 10年近く翻訳学校で教えてきた経験から言うと、日本語の運用力と英語の読解力は、99%の生徒について完璧に比例します。よく生徒から「どっちが大事ですか」と聞かれるんですが、そもそもそんなのは意味のない質問で、多少とも語学に興味を持って勉強しようという人の場合、どちらか一方が得意なんてありえないんですよ。日本語の語彙が貧困なのに英語だけ豊かなんて変な話だし、一読してわかりにくい日本語を書く人が英語の構文を読みとるときだけ鋭いなんて例も見たことがない。現実には、訳出という作業によってふたつの言語のあいだを行き来することで、両方の言語の特性が同時により深く理解できるんです。翻訳だけじゃなくて、中高生レベルの英文和訳だって同じですよ。

 つぎに、中上級の翻訳学習者向けの講演やセミナーでのみ配布している資料(Q&A集)にはこうあります。

――翻訳には英語力と日本語力のどちらが重要だと思いますか。
 よく「日本語が大事」と言われますが、それは「母国語に鈍感な人が外国語に敏感であるはずがない」という意味にすぎないのであり、「英語を正確に読めなくてもどうにかごまかせる」ということではありません。

 最後に、『翻訳百景』の20ページ。冒頭の「文芸翻訳の仕事」の項の終わりのあたりです。

 一方、「英語が好き」はどうかと言うと、これは必要条件ではない。もちろん、「英語を正確に読める」ことは必要だが、「なんとなく英語と接しているのが好き」な人にとっては、翻訳よりも向いている仕事がいくらでもあるはずだ。

 ほかにも同じ趣旨のことをどこかで言ったり書いたりしているかもしれません。長く翻訳の仕事や勉強をつづけている人なら、あたりまえのことばかりではないかと思いますが、ご参考まで。

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