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  • 越前敏弥
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2015年10月16日 (金)

伊藤和夫先生のこと(前編)

日本人なら必ず誤訳する英文』のインタビューコーナー(p73、p74、p126)などで、駿台予備学校時代に2年間教わった伊藤和夫先生の話をしましたが、きょうから2回に分けてもう少しくわしく書きます。

日本人なら必ず誤訳する英文』では、「左から右へ読む」というごくあたりまえのことをしつこいくらい強調し、その当然のことをしないせいで誤読・誤訳する例をいくつも紹介しましたが、これは自分が駿台にかよっていたときに伊藤先生から何度も聞かされたことでもあります。無意識のうちの「予想→確認」や「予想→違和感→修正」のプロセスも、伊藤先生が口頭や板書で何度も説明なさったことでした。この本を読んでくださった同世代の人たちのブログなどでは、懐かしいとか聞き覚えがあるという書きこみが相次ぎ、こちらも少々恥ずかしかったものです。

 ところで、伊藤先生の授業を実際に聞いた人なら同意なさるでしょうが、けっして音読のうまい先生ではありませんでした。極端なほど平板な、抑揚も切れ目もない読み方をなさったのです。これは戦前世代だったということもあるかもしれませんが、わたしの印象では、構文を生徒に体得させるためには音によって先入観を与えてはいけないという強い意志と配慮があったと思います。

 もちろん、教師が流暢に英文を読みあげれば、聞いている生徒は心地よく、よい発音が身につきます。ただ、難解な英文の解読に関して言えば、教師が上手に読んでしまうと、それだけで大きなヒントを与えてしまうのです。

  In the examples I am thinking of the person continues to behave in what most people woud agree is a normal manner, but one so remote from his old self that he appears, to those who know him, to be someone else entirely.

 たとえば、『日本人なら必ず誤訳する英文・リベンジ編』(p123)で採りあげた上の英文のような場合、教師が「正しい」音読をした瞬間に構文がわかり、この英文のどこに引っかかりやすいのか、誤読の原因がなんなのかを究明できなくなるのです。

 わたし自身、予備校講師だった時代にはその点に特に気をつけ、ときには意図的に平板に読むように心がけていましたし、いまも翻訳の講座などで、たまにやるときがあります。そんなときは伊藤先生のことを思い出して懐かしくなります。

 そのほかでは、伊藤先生が最終回の授業で(わたしが聞いた2年とも)こんなことをおっしゃっていました。『日本人なら必ず誤訳する英文』からそのまま引用しますが――

「ほんとうの意味で大人の英語を読めるようになるには、積み重ねたときに君たちの身長と同じ高さになるぐらいの原書や英語雑誌を読まなければならない」

 このことばは、大学にはいってからも、自分が教える立場になってからも、翻訳の勉強をはじめてからもずっと自分のなかに残っていました。伊藤先生のこのことばは、その後の自分の目標となりましたが、完全に正しいわけではないかもしれません。自分がほんとうに読めているという手応えを感じるまでに、「身長程度」の英文を読む必要があったのは事実ですが、その何倍もの量を読みこなしたいまでも、まだまだわからないこと、調べなくてはいけないことはいくらでもあるのですから。

 ともあれ、自分の原点とも言うべきものを形作ってくれた伊藤先生のことばにはいまも感謝しています。しかし、伊藤先生から教わったのは英語の読み方や学習法だけではありません。実はもっと大きなこと、生き方そのものに関することを教わったのですが、それについては来週「後編」で書きます。

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