プロフィール

  • 越前敏弥
    文芸翻訳者。 いまのところ、更新は週1、2回程度です。 ご感想・お問い合わせなどは office.hyakkei@gmail.com へお願いします。
無料ブログはココログ

« 伊藤和夫先生のこと(前編) | トップページ | 第15回ミニイベントのお知らせ »

2015年10月20日 (火)

伊藤和夫先生のこと(後編)

 先週の前編では、おもに英文の読み方や学習法のことを書きましたが、きょうはそれとはちょっとちがう話です。

 わたしが駿台にかよっていたのは1980年度と81年度で、そのときは伊藤先生の英文解釈の授業を受けていました。もう30年以上も前のことなので、記憶があいまいなことも多く、ここから先に書くことは数値などの細かい部分が正確ではないかもしれません。その点をご了承ください。 

 当時の駿台は1コマ50分授業で、1学期には各コマが11回ずつありました。最初に渡された英文解釈のテキストには、[1]から[11]までの大問として、長文とそれぞれ数題の設問が載っていました。たしか英文の短いほうから順に配列されていたと思います。生徒は1コマぶんを予習して授業に臨むのですが、わたしは(そして、おそらくほとんどの生徒は)第1回の授業の前に、最初だからそう進まないだろう、11コマで[11]までだからまさか[2]まではやるまいと思って、[1]だけを予習していきました。 

 授業がはじまり、最初の10分ほどは英文を読んで訳すうえの心構えなどの説明があり、そのあとで[1]の解説になりました。そして、終了の1、2分前、その解説が終わり、だれもがテキストとノートを閉じようとしたその瞬間、伊藤先生の声が響きました。 

「1番はこれで終わり。つぎ、2番!」 

 そしていきなり[2]の冒頭の一文の解説がはじまったのです。予習していなかったわたしは(そして、おそらく多くの生徒は)面食らい、次回は[2]だけではなく、念のため[3]の予習をしていきました。 

 2年目の最初の授業でも、伊藤先生はまったく同じように、最後の1分で唐突に[2]にはいりました。おそらく、すべて予定どおり、すべて計算ずくのことだったのでしょう。当時の自分は驚くばかりでしたが、しばらく経ってみると、そこからは、どんな状況でも1分でも無駄にするなという強いメッセージと、同じ英文を2週にわたってより深く予習させようというきびしくもあたたかい配慮を感じとることができました。 

 もうひとつ、もっと強烈に記憶に残っている出来事があります。 

 駿台は全クラスが座席指定制ですが、人気講師の授業になると「もぐり」の生徒が大挙して押しかけました。あいている席には早い者勝ちで別クラスの生徒がすわり、通路にもおおぜいが腰をおろしたものです。当然、席取りをめぐるトラブルもときどき起こりました。

 ある日、伊藤先生の授業がはじまった数分後、前のほうの空席にすわっていた「もぐり」の生徒を、休憩からもどったその席の正規の生徒がどかせようとしていました。眉をひそめてそれを見ていた伊藤先生は、もぐりではなく、正規のほうの生徒に向かって、「おい、きみが出ていけ!」と一喝したあと、こうおっしゃいました。

「予備校側は、たしかにきみたちの席を用意している。お金を払ったきみたちには、その席にすわる権利がある。でも、それは授業がはじまるまでだ。始業のベルが鳴った瞬間、その席に着いていない人間の権利は消滅するんだよ」

 伊藤先生から教わったのは、英語の読み方だけではありません。権利とは何か、ルールとは何か、時間厳守とは何かということも教わりました。 

 わたしはいま、たとえば朝日カルチャーのクラス生の自主提出課題は、締め切りを1秒でも過ぎたら受理しません。また、どんなに実力があっても、どんなにセンスがよくても、特に理由もなく授業に遅刻してくる人は締め切りも守れない可能性が高いので、翻訳の手伝いやリーディングなどは頼まないことにしています(正確に言うと、いつも締め切りぎりぎりに提出するのも好きではありません)。

 そんなふうにしているのは、もちろん自分が翻訳の仕事をはじめてからのあれこれの経験ゆえの判断ですが、原点にあるのは、10代の終わりに伊藤和夫先生に教わった経験だと思っています。

« 伊藤和夫先生のこと(前編) | トップページ | 第15回ミニイベントのお知らせ »

あれこれ」カテゴリの記事