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  • 越前敏弥
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2014年6月27日 (金)

東江一紀さんのこと

 去る6月21日、東江一紀さんが逝去なさいました。享年62歳。あまりにも若いとか、惜しい人を亡くしたなどといったことばではとうてい語りつくせませんし、正直なところ、どんなことばを選ぶべきか迷っているのですが、それでもいまの思いを書けるだけ書いてみます。

 東江さんは、師匠・田村義進と並ぶ最大の恩師でした。公私ともに長年にわたってお世話になりつづけ、自分にとってのきわめて大きな精神的支柱だったと言っても過言ではありません。

 わたし自身も含めて、修業時代に東江さんの訳書を原書と突き合わせて研究したという現役の翻訳者は数えきれないほどいます。そして、そういう人たちが口をそろえて言うことは、「あまりにも流麗で力強い訳文なので超訳気味なのかと思っていたのに、突き合わせたら完璧なまでに原文に忠実な訳だった」というものです。

 フィクションの翻訳の歴史では、長いあいだ「わかりやすく、こなれた訳文」がめざすべき目標とされてきましたが、東江さんの翻訳は、わかりやすくこなれていることなどは言わずもがなのこととし、そのうえで原文の声を注意深く聞きながら、あまりにも豊かで、それでいてあまりにも的確な表現を積み重ねていく、圧倒的なことばの力を感じさせるものでした。東江さんと、その影響を直接間接に受けた数多くの翻訳者たちが、出版翻訳全体のレベルをどれほど向上させてきたかは計り知れません。

 また、直接の弟子以外に対してもほんとうに面倒見がよく、惜しみなく助言をくださる人でした。わたしは最初の訳書が出る少し前の1998年ごろから、弟子や若手などが発言するニフティの会議室などでお世話になり、多くを教わりました。いまでこそだれでもあたりまえに使う串刺し検索の方法を最初に教えてくださったのも東江さんで、突然わが家にDDWinのCD-ROMが送られてきて、さまざまなアドバイスをしたためたメモがついていて驚いたことをよく覚えています。

 仕事に向き合う姿勢はつねに真摯で、いっさいの手抜きを許さず、誤字脱字などは最初からほとんどない完璧な訳稿を作りあげる人でした。死期が近いことを知りながら、最後の最後まで仕事をつづけ、おそらくは朦朧とした意識のなかで、毎日の残りページ数を初期の弟子である布施由紀子さんに報告しつづけたという話が通夜の席で明らかにされたときには、茫然としたものです。そして、翻訳という仕事をだれよりも愛した人の壮絶な最期を聞かされて厳粛な気持ちになりましたが、そのとき、昔の懐かしい出来事も思い出しました。

 東江さんはよく、上記の会議室でも毎日の残りページ数を書いていらっしゃいました。宴会の予定があるときなどは、その日を仕上げる目標としていたことが何度かありましたが、わたしはときどき、駆け出しの分際で無謀にも自分も残りページ数を書いて東江さんの向こうを張ろうとしたものでした。どちらも無事に残り0ページとなって宴会でお会いしたとき、東江さんがにやにやしながら「後方からしつこく迫ってくるやつがいたんで冷や汗をかきましたよ」などとおっしゃっていたことを、きのうのことのように覚えています。そんなふうに東江さんの背中を追いつづけた経験があったおかげで、翻訳のスピードが以前よりずっと速くなりました。

 今月にはいり、わたしはこれまでの感謝の思いをこめて東江さんに手紙をお送りしました。詳細はここには書きませんが、東江一紀が築きあげた「翻訳道」を後世に伝えていくのが自分の義務である、という内容のものでした。すでにかなりお加減が悪くなっていた時期なので、どの程度まで読んでいただけたかわかりませんが、わたしはその約束を果たすことを今後の仕事の大きな目標としていくつもりです。

 東江さんの訳書を課題書とした追悼読書会なども、いくつか企画されはじめたようです。翻訳者は訳文を通して人々の心のなかに生きつづけます。東江さんの訳書を一度も読んだことのないかたは、ぜひ堪能してください。

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