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  • 越前敏弥
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2013年5月 7日 (火)

翻訳書の持ちこみ企画について

 こういう仕事をしていると、年に1、2度ぐらいは、ほとんど面識のない人から翻訳書の持ちこみ企画についての相談や質問を受けます。親戚や友人の知り合いだったり、一般向けの講演会のあとだったり、ケースはさまざまです。どのようにして持ちこめばよいかという質問であれば、それなりにお答えはできるのですが、困るのはどこかよい出版社を紹介してくれないかという場合で、そちらのほうがやや多いというのが実情です。

 わたしは10数年間翻訳学校や各種講座・勉強会などで教えてきましたが、出版社を紹介するのは、何十人かの生徒のうちごくひと握りの、非常に優秀で熱意も並々ならない人だけです。紹介できるのはせいぜい数年にひとりぐらいで、実際に訳書が出てその後も継続的に仕事をしているのはその半分程度でしかありません。せっかくみんな長く勉強してきたのだから、もっと紹介したい気持ちもありますが、フィクション翻訳の世界の現状を考えたら、残念ですがやむをえません。

 ですから、初めて会った人からいきなり紹介してくれと頼まれても、ご期待に副えるはずがないのですが、そういうことを言ってくる人にかぎって、なんの調査もしていない場合がほとんどです。

 しかし、一度だけ、そういうのとはまったくちがったケースが2年ほど前にありました。そのかたは知人からの紹介で、医学関係の専門書と一般書の中間ぐらいの本を持ちこみたいということでしたが、業界事情をくわしく調査なさったことが読みとれる丁重なメールとともに、簡潔でわかりやすいシノプシスと企画書が送られてきました。

 企画書はA4用紙2枚程度で、だいたいつぎのことが書かれていました。

――――――

・本の特徴  

・どのような賞にノミネートされたか 

・他のどこの国で翻訳され、どのような反響があったか 

・読者対象として考えられる層とその理由 

・予定売り上げ数 

・内容や形式のどういうところが斬新で、日本人にとって何が珍しく、どういう点が受けると思われるか 

・著者と訳者のプロフィール 

・すでに原著の出版社に問い合わせ、日本での版権があいているのを確認済みであること

――――――

 これはいつものケースとはまったくちがうと感じたので、わたしは以下のように返信しました(一部省略や内容の微調整あり)。

――――――

 前略)  

 翻訳企画の持ちこみの相談というのは、わたしも年に何回か受けるのですが、一般論としては、みなさんが想像なさっているよりもはるかにむずかしいというのが実情です。出版社と長年付き合いのあるわれわれがやって、何十回かに1回企画が通るかどうかという感じで、わたし自身もいままでに一度しか成功していません。

 ふだんよく受ける相談というのは、正直言って、箸にも棒にもかからないというか、あまりにも勉強不足のものが多いのですが、今回の企画書にざっと目を通させてもらったかぎり、押さえるべきところはしっかり押さえていらっしゃるので、安心しました。

 いくつか、気づいたことを思いつくままに書きますと……

・すでに翻訳は終えていらっしゃるのでしょうか? あるいは、一部の試訳を企画書とセットにして売りこんでいるのでしょうか。もし試訳をつけていないなら、つけることをお勧めします。

・企画書に「予定売上数 ××部以上」とありますが、これは何を根拠としてそう書いていらっしゃるのでしょうか? それを明確に書いたほうがよいでしょう。具体的な根拠を書かなければむしろ逆効果です。

・わたし自身は小説の翻訳者で、そちら本面の出版社・編集者以外はほとんど知らないので、申しわけありませんがほとんどお力にはなれません。参考までに、いま翻訳エンタテインメント系では屈指の優秀な編集者が、最近こんなことを書いているので、よかったらお読みください。あくまでも個人的な意見であり、しかも小説の話ですが、ほかのジャンルでも事情はほとんど同じです。

http://bit.ly/Yr4zU4

 後略)

――――――

 その後、お礼のメールをいただいたあと、そのかたから特にご連絡はなかったのですが、つい最近、適切と思われる版元から今年刊行された訳書が送られてきました。おそらく、その後もあれこれご苦労なさったうえで出版にこぎ着けたのでしょう。わたし自身はなんのお役にも立てませんでしたが、とてもうれしく思いました。

 持ちこみなどを漠然と検討していらっしゃるかたは、よかったら上のいきさつやリンク先の編集者の話を参考になさってください。

 余談ですが、上のわたしの手紙に出てくる、一度だけ成功した持ちこみ企画というのは、この〈冒険ふしぎ美術館〉シリーズです。

 そのほか、著書の『日本人なら必ず誤訳する英文』『日本人なら悪訳する英文』も持ちこみ企画です。

 わたし自身は、企画持ちこみというのは、仮に成功しなくても別の効用があって、そちらのほうがむしろ大きいと考えていますが、それについては後日また。

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