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  • 越前敏弥
    文芸翻訳者。 いまのところ、更新は週1、2回程度です。 ご感想・お問い合わせなどは office.hyakkei@gmail.com へお願いします。
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2012年6月 1日 (金)

第2回福島読書会へのメッセージ

 去る5月19日、第2回福島読書会が『オランダ靴の謎』を課題書としておこなわれました(高橋恭美子さんによるレポートはここ)。レポートでも少し言及されていますが、その際、同じエラリー・クイーンの訳者ということで、参加者のかたから事前に募った質問への回答という形のメッセージを送りました。きょうはその内容(一部省略)をここで紹介します。

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◎キャラクターの使い分け方 →日本語のように英語でも話し方などでの違いはあるのでしょうか??

 英語には日本語ほど男女のことばづかいにちがいはないと思いますが、なるべく文脈で感じとるようにしています。
 日本語でも、最近は男女のちがいが徐々に減っていますが、小説というのは活字だけですべてを使えなくてはならないので、微妙な音のニュアンスなどは伝えられません。よって、たとえば女性の台詞の末尾に「わ」がついたりするのは、ある程度まではやむをえないことです。

◎翻訳をする際に、実在の人物(俳優など有名人)をイメージして訳すことはありますか?
◎その場合、その有名人のイメージが台詞まわしに影響することはありますか?

 俳優などを想定することはときどきありますが、自分の場合はあまり多くありません。ぴったりの人をたまたま思いついたら、そのキャラで進めていく、という感じでしょうか。
『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』のラングドン教授は、最初からジョージ・クルーニーを想定していました。その後、映画でその役をトム・ハンクスが演じたわけですが、そのあとで次作『ロスト・シンボル』を訳したときにはしばらくやりにくかったですね。ふたりの俳優が脳内に混在するような感じになって。
 エラリー・クイーンやクイーン警視については、特に想定していません。これは、自分が中学のころから読者としてすでに脳内イメージができあがっているからだと思います。それでも、ヴェリー部長刑事はなんとなく村田雄浩さんに置き換えて訳しているような気が……。
 余談ですが、約35年前にフジテレビで〈Yの悲劇〉がドラマ化されたとき、ドルリー・レーンの役を演じたのは石坂浩二。30代で、しかも映画で金田一耕助を演じていたのとまったく同時期です。もちろん、レーンの役は若手の劇団員という設定でしたけどね。ただ、思うに、いま〈Yの悲劇〉を映像化したら、70歳を過ぎたいまの石坂浩二こそがレーンにぴったりではないでしょうか。

◎各地の風景や街並みなどの土地に依存する表現の工夫は、どのようなものがありますか?? →読んでいて、風景が浮かんでくるような日本語表現って、単純に単語を訳すだけでは生まれないような、気がしてます。

 風景だから特に訳し方のくふうをするというのはない気がします。あえて言えば、自分はもともと映画好きなので、つねに小説ではカメラワークを無意識に想定しているようなところがあります。ここはクローズアップとか、ここはロングショットとか。それは訳文においては、たとえば主語のあとの「は」と「が」のちがいや、文末の「た」と「る」のちがいになって反映されます。(それ以上は翻訳の技術論になってしまうので割愛させてください)

◎外国の生活習慣や文化に根ざした箇所を訳す上では、いろいろとご苦労をされていると思いますが、印象に残っている中で、これは苦労したという例があれば教えてください。

 ひとつ例をあげれば、フィート・ポンドとメートル・グラムのどちらを採用するかという問題が、どんな翻訳小説でも付きまといます。前者を選べば「わかりにくい」という苦情、後者を選べば「興醒め」という苦情がかならず出ます。
 わたしがこの仕事をはじめたころ(15年ほど前)には、フィート・ポンドを採用する訳者が圧倒的多数でしたが、いまは半々ぐらいかもしれません。わたし自身はまだフィート・ポンドで通していますが、作品によってはメートル・グラムを使ってもいいかもしれない、と考えはじめています。
 今回参加している翻訳者の人たちにも意見を聞いてみてください。もちろん、正解がどれというわけではありません。

◎クイーンの作品は、舞台設定が80年くらい前だと思いますが、そういった作品の新訳を手がける場合に、古臭くなく、かつ現代的にすぎないよう、何か気を付けていることはありますか?

『レーン最後の事件』のあとがきにも書きましたが、古典新訳でやるべきことは、あくまで錆落としや煤払いです。過去の訳のうち、明らかなまちがいやぎこちない表現を修正するにとどめるのが原則です。
 ただし、国名シリーズの新訳では、いくつかの場面で、これまでにない台詞まわしを採用するつもりです。詳細は出てのお楽しみとさせていただきたいのですが、少しだけヒントを出すと、クイーン父子の関係について少々新解釈を(というか、自分自身、昔から読者としてそうすべきではないかと感じていたことを)打ち出しました。

◎クイーン作品を、新しい読者(若い方や、ふだん翻訳ミステリーをあまり読まない方)におすすめするとしたらどのように紹介されますか?

 古典の名作を、特に翻訳物を読まなきゃダメだよ、なんて言ってもそっぽを向かれるだけなので、そんな言い方はつとめて避けています。ただ、特に今回の『オランダ靴』や『Xの悲劇』には、めくるめくような推論の美しさがあります。論理パズルや難解なクイズを好きなのは、老若男女を問わず、日本人の国民性なので、そういうのが好きな人にはたまらない本だ、という勧め方をするのがいちばんだと考えています。

◎もしも絵本を訳されるとしたら、どんなのがよろしいですか?既存のものでも。

 うーん……自分でも児童書を3冊訳しているのですが、小学校中・高学年向けのものでして……。絵本というより、図鑑などでおもしろいものがあったら日本の子供たちに紹介したいです。

◎自分ならこうは表現しない!というような本はございますか?

 もちろんあります(笑)。というか、翻訳者だったら、他人の翻訳書はどうやったってそういう目で読んでしまいます。だから、読むのがものすごく遅くなる。職業病みたいなものです。

◎他の方が翻訳された作品で、ホントはオレがやりたかったなんて作品もあるものでしょうか?

 これは、あるにはあるけれど、そう多くないですね。ダン・ブラウンとエラリー・クイーンをやらせてもらってるんだから、文句を言っちゃいかんでしょう。英米でベストセラーになった本は、こちらが気づいたころには、ふつうはとっくにどこかが版権をとっていますから、だれが訳してるのかな、という興味はあります。
 

 以上です。どうぞ皆さん、福島の読書会を末永くつづけていってください。今回は私用でうかがえませんでしたが、かならず近いうちにうかがいます。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。――――――――――――――――――――

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