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  • 越前敏弥
    文芸翻訳者。 いまのところ、更新は週1、2回程度です。 ご感想・お問い合わせなどは office.hyakkei@gmail.com へお願いします。
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2012年5月 4日 (金)

あとがきについて

 先日ツイッターで、『レーン最後の事件』のあとがきがSRの会の2011年度「解説・あとがき賞」に選ばれたことを知りました。また、翻訳ミステリ部門のベスト5では、12月刊行の『解錠師』がトップと僅差の2位に選ばれたとのこと。筋金入りのミステリ読みの人たちが集まる会がそのように評価してくださったことは大変光栄であり、特に解説・あとがき大賞については、長年この仕事をしてきたなかで最もうれしいことのひとつです。会員のかたから会報の《SRマンスリー》をお借りして読んだところ、解説・あとがき賞のコメントには「角川文庫でレーン四部作新訳という重責を果たした訳者の、思い入れたっぷりのあとがきは滂沱の涙を禁じえません」とありました。10代のころから大好きで何度も読み返してきたシリーズの新訳を担当させてもらったうえに、そのように言っていただけるというのは、まさに翻訳者冥利に尽きるのひとことです。

 ところで、訳者あとがきを書くというのは、日頃の翻訳作業とはちがった脳の働きが必要なので、翻訳者としては骨の折れる仕事である反面、何か月も付き合ってきた作品についての総括ができる貴重な(たいていの場合、唯一の)機会ですから、自分自身はけっこう楽しみにしています。あとがきについては、書評家の吉野仁さんがブログ「巧言令色吉野仁」で10年ほど前にこんなことをお書きになっていて、わたしはいまも参考にさせてもらっています(2002年2月25日の記事内)。ちょっと長いのですが、ここに引用します。

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(前略)なぜか翻訳家には「訳者あとがき」を描くのが苦手だという人が少なくないようだと知る。(中略) 

 しかし、「訳者あとがき」なんて、簡単に書けると思うのだがなぁ。たとえば、読者として欲しい情報は、まずは、その作家はこれまでどんな作品を書いてきたのか、本作で何作目の作品なのか、これまで邦訳は出ているのか、などとという単純なことだ。面白かった小説なら、同じ作者の本をもっと読んでみたいから。なぜ、肝心のその情報を「訳者あとがき」にまったく書いてないのだろう、と思うことは多い。 

 また、同じテーマを扱った小説には、どのようなものがあるかと気になる。たとえばリーガル・スリラーと言っても様々だ。読んだ作品と同じようなタイプの面白さを味合せてくれる法廷小説の傑作を教えて欲しいのである。もしくは、同一テーマによる作風の違いなんてのも知りたい。 

 そのほか興味があるのは、創作の動機など作者に関する話題であり、作品の背景や題材に関する詳しい解説だ。 

 つまり、前者(何作目の作品で、これまで作者はどんな作品を書いていて、本作はどんな位置づけになるのか)は、「作家論」に相当する。後者(同じテーマにどんな作品があって、本作はどんな位置づけになるのか)は「作品論」に含まれるわけだ。

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 この記事を読んでから、わたしはあとがきはあまり肩肘張らずに書くことにしています。本の主役は作品自体ですから、その作品と周辺についての最低限必要な情報を網羅してあれば、読者はおのずと同じ作者や同一ジャンルの別作品を手にとりたくなるはずです。もちろん、非常に個性的で楽しいあとがきをお書きになる訳者のかたも多くいらっしゃり、わたしも尊敬していますが、淡々と事実を書き連ねて必要なツボを押さえている感じの簡潔なあとがきも同じくらい好きです。去年のシーラッハの『犯罪』のように、作品自体にすべてを語らせるという意図であとがきをつけないという判断もすばらしいものだったと思います。

『レーン最後の事件』のあとがきも、基本的には同じ姿勢で、個人的な体験を交えながらもあくまで客観的な紹介者の立場から逸脱しないつもりで書いていましたが、最後の最後に、思いっきり個人的な告白をしてしまいました。もしそれが読者のかたの心に響いたのだとしたらうれしいかぎりですし、微力ながら、この四部作が後世まで読み継がれていく一助となったならば、訳者として本望です。

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