2017年7月18日 (火)

パロディ本『ダ・ヴィンチ・コッド』から名訳・珍訳集(3)

 前回からだいぶ経ってしまいましたが、「パロディ本『ダ・ヴィンチ・コッド』から名訳・珍訳集」のつづきです。第1回第2回も読んでみてください。

 今回はこの個所について。

 Directly opposite Sauna-Lurker's office door was a mural, or 'wall painting', of Leonardo's celebrated Last Supper, filling the space from door to ceiling.

 今回は前2回とちがって、ことば遊びはありません。問題は

a mural, or 'wall painting'

 の個所です。言うまでもなく、この or は「または」ではなく「つまり」「すなわち」ですが、ここをたとえば、そのまま
壁画、つまり「壁に描いた絵」

 などと訳していいでしょうか(半数以上の人がそのように訳していました)。

 英語の mural は、難解なことばではありませんが、あまり使われないことばなので、ここではわかりやすく wall painting と言い換えているわけですが、日本語では「壁画」ということばのなかに「壁」がはいっているので、「壁に描いた絵」と言い換えたところで、ほとんど説明になりません。

 こういう場合は、説明不要なのであえて訳さないのもひとつの手です。わたしはここ全体を

サウナニカクレールの部屋のドアの向かいに、ダ・ヴィンチの代表作〈最後の晩餐〉の壁画があり、床から天井までを覆っている。

 としました。

 もうひとつの手としては、「壁」の連発を避けるような訳し方をすることです。mural の訳を「壁画」以外にするのはむずかしいので、'wall painting' のほうを「ウォールペインティング」とした人がいましたが、これはうまい方法だと思います。これなら説明になっているだけでなく、カンマでくくられている意図もうまく訳文に反映されている気がします。

 英語に書かれているものをすべて訳す必要がない例としては、ほかに he or she とか、 the killer or killers などがあります。日本語では、性別や単数・複数にこだわる必要がない場面も多く、そういうときに逐語訳をすると、無意味に浮いてしまい、かえって原文の趣旨が正確に伝わらなくなるのです。

 今後もこのようにワンポイントで何か解説できるときは、ときどき書きます。

 朝日カルチャーの「英米小説の翻訳」のクラスでは、9月までこの『ダ・ヴィンチ・コッド』を扱います。途中入学も可能なので、参加したいかたはそれぞれの教室へお問い合わせください(大阪・中之島は今週末開催で、予習教材があるので、すぐにでもお申しこみください)。

新宿火曜午前(8月1日&9月5日、10時から11時30分)
新宿土曜午後(8月5日&9月2日、12時30分から14時)
横浜(8月26日&9月9日、15時15分から16時45分)
中之島(7月22日、13時から16時) 

◎今週末の関西でのトークイベント・講演

21日(金)18:30~20:00
『新訳 メアリと魔女の花』翻訳秘話(紀伊國屋書店グランフロント大阪店特設会場)

22日(土)16:30~18:00
魅惑の『世界文学大図鑑』 (朝日カルチャーセンター中之島教室)

23日(日)13:30~15:00
「メアリと魔女の花」原作翻訳者トークショー(OSシネマズ神戸ハーバーランド ロビーイベントスペース) 

2017年7月12日 (水)

INFORMATION 2017-07-12

 来週末の大阪・神戸での講座やトークイベントなどの情報をまとめて書きます。関西方面のかたはぜひお越しください。

22日(土)13:00~16:00
英米小説の翻訳(朝日カルチャーセンター中之島教室)
 新宿・横浜の7月期クラスと同内容ですが、時間が短いので扱う量は3分の2です。課題は『ダ・ヴィンチ・コード』のパロディ本 The Da Vinci Cod。どんな内容なのかは、最近書いたふたつの記事(その1その2)を参考にしてください。ばかばかしくも楽しい作品で、文芸翻訳のトレーニングにはうってつけの教材です。
 原書3ページ程度の予習課題があるので、参加を希望されるかたは早めに申しこんでください。今回は参加者がまだあまり多くないので、かなりお得だと思います。

22日(土)10:30~12:00
文芸翻訳のツボ(朝日カルチャーセンター中之島教室)
 文芸翻訳、おもに小説の翻訳のポイントを、いくつかの実例を紹介しつつお話ししていくオリエンテーションクラスです。予習は不要で、その場で英文をお渡ししていっしょに考えていく形で進めます。
 そのあとの「英米小説の翻訳」と合わせて受講してもかまいません(というより、お勧めします)。

22日(土)16:30~18:00
魅惑の『世界文学大図鑑』 (朝日カルチャーセンター中之島教室)
 一般向けのトークイベントで、どなたでも参加できます。
 4月に出た『世界文学大図鑑』(三省堂)を手がかりとして、本の紹介をしつつ、いくつかの作品についてクイズなどを交えてお話しし、海外文学の魅力を知っていただこうというものです。
 会場では『世界文学大図鑑』の販売やサイン会をおこないます。

21日(金)18:30~20:00ごろ
『新訳 メアリと魔女の花』翻訳秘話(紀伊國屋書店グランフロント大阪店)
 先週末に映画が公開された「メアリと魔女の花」の原作を翻訳した経験をもとに、小説と映画の魅力や共訳作業の進め方などをくわしくお話しします。
 会場では『メアリと魔女の花』だけでなく、『思い出のマーニー』などの過去の訳書や関連書も同時に販売します。サイン会もおこないます。

23日(日)13:30~15:00(時間帯は多少変更の可能性あり)
「メアリと魔女の花」原作翻訳者トークショー(OSシネマズ神戸ハーバーランド ロビーイベントスペース)
 映画館のロビーでのトークははじめての経験です。21日の紀伊國屋でのトークとはほとんど別内容です。
 こちらでも書籍の販売やサイン会があります。

 なお、『新訳 メアリと魔女の花』は、これまで角川文庫版と角川つばさ文庫版の2種類が出ていましたが、このほか、14日に図版入りの単行本が発売されます。訳文そのものはほとんど同じです(つばさ文庫版は総ルビ入り)。

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 プロジェクト『外国の本っておもしろい!』の支援者のみなさまへの感謝のメッセージがここに載っています。読書探偵作文コンクールの選考委員と事務局メンバーひとりひとりによるものです。

 その読書探偵作文コンクールは、今年も募集がはじまっています。今年から中高生部門が復活しました。
 未来の読者を育てるための試みにどうぞご協力をお願いします。

小学生部門(最終選考委員:越前敏弥、ないとうふみこ、宮坂宏美)

中高生部門(最終選考委員:金原瑞人、田中亜希子)

2017年7月 3日 (月)

INFORMATION 2017-07-03

 クラウドファンディングのプロジェクト『外国の本っておもしろい!』は、おかげさまで6月末に募集を終了しました。支援や告知などをしてくださった皆さん、ありがとうございます。翻訳児童書ガイド&読書探偵作文コンクール優秀作品集『外国の本っておもしろい』は、現在制作の仕上げの段階で、遅くとも8月までにはどなたでも購入できます。その節はどうぞまたよろしくお願いします。

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 この夏のトークイベント、読書会、単発講座などの予定を順に並べます。ご興味のあるものにご参加ください(同内容のもの、別内容のものにご注意ください)。

7月8日(土)10:00~11:30
 翻訳百景 魅惑の『世界文学大図鑑』(朝日カルチャー横浜)

7月15日(土)15:00~17:00
 はじめての読書会(外苑前 Glocal Cafe) ※残席わずか

7月21日(金)18:30~20:00ごろ
 『新訳 メアリと魔女の花』翻訳秘話(紀伊國屋グランフロント大阪)

7月22日(土)16:30~18:00
 魅惑の『世界文学大図鑑』  翻訳百景 英語と日本語のはざまで 特別篇(朝日カルチャー中之島) ※8日の横浜とほぼ同内容

7月23日(日)13:30~15:00(時間帯は多少変更の可能性あり)
 「メアリと魔女の花」原作翻訳者トークショー(OSシネマズ神戸ハーバーランド ロビーイベントスペース) ※21日の大阪とは別内容

7月29日(土)13:00~14:30
 「メアリと魔女の花」翻訳秘話(朝日カルチャー新宿) ※21日の大阪とほぼ同内容

8月5日(土)&9月2日(土)10:00~11:30
 ベストセラー翻訳入門 ダン・ブラウンを読む(NHK文化センター青山) ※途中受講可、8月は『ダ・ヴィンチ・コード』、9月は『インフェルノ』

8月27日(日)午後(14:30~16:30)
 福島読書会(二本松市民交流センター) ※課題書はエラリー・クイーン『Yの悲劇』。ドルリー・レーン四部作を読了していることが参加条件。【7月下旬正式告知予定】

9月2日(土)15:30~17:00
 翻訳百景特別編 訳者が語る「世界文学大図鑑」の魅力(朝日カルチャー新宿) ※7月の横浜・新宿とは別内容

このほか、8月下旬にもうひとつ、はじめての場所でのトークイベント(対談)がある予定です。

2017年6月27日 (火)

パロディ本『ダ・ヴィンチ・コッド』から名訳・珍訳集(2)

 2週間ほど前に「パロディ本『ダ・ヴィンチ・コッド』から名訳・珍訳集(1)」という記事を書き、ことば遊びをどう訳すかを、朝日カルチャーの受講生の例を紹介しつつ説明しました。


 今回はそのつづきです。原文は以下のとおり。前回と同じく、ロバート・ドングランとソフィー・ヌードミテネーのやりとりです。

"A scape-goat." said Robert, miserably.
"But, with my help, perhaps we can make you not scape-goat but an escape-goat." She smiled. Then she said: "I have made a joke. Do you see?"

 ドングランが、自分が scape-goat にされると言って落胆するのに対し、ソフィーはここから脱出させてあげるという意味をこめて escape-goat にしてあげるというだじゃれを言います。その後、ひと呼吸置いて「ジョークを言ったのよ。わからない?」とわざわざ言うわけですから、ここは鮮やかに決まるものよりも、むしろ情けないほどばかばかしい親父ギャグレベルのだじゃれにするほうが成功します。しょげ返るドングランとの対比を際立たせて、笑いを誘いたいところです。

 半数ぐらいの人は、ここを「スケープゴート」「エスケープゴート」と訳していました。スケープゴートもエスケープも、いまでは多くの日本人が知っていることばですから、これは安全な処理だと言えるでしょう。ただし、まったくおもしろくもくだらなくもありません。そういう意味では、どうしてもほかを思いつかないときの最後の手段としてはありうるものの、ベストからはほど遠い処理です。ジョークとして、はずしてもいいから、もっと冒険してもらいたい。

 scapegoat を日本語にするとしたら、おもに「生け贄」「身代わり」のふたつが考えられます(「濡れ衣」でもいいかもしれません)。あとの escape-goat と合わせてうまくだじゃれが決まるなら、どれでもいいと思います。ただ、ドングランのおびえた感じ、しょげた感じを強調したければ、「生け贄」のほうがやや恐ろしさにまさるので、できればそちらを選びたいところです。

 以下に、受講生の訳として、かなり工夫していると言えるレベルのものを4つ紹介します。

・「身代わりじゃなくて、身軽になれるかも」
・「身代わりから、身かわしできるかも」
・「身代わりじゃなくて、ただの気味がわりい人、にしてあげられる」
・「ズラ借りてズラカリましょう」

 上のふたつは、意味の上では問題なく処理できていますが、だじゃれとしてのくだらなさが足りません。

 下のふたつは、逆にくだらなさではトップクラスですが、escapeの意味合いが消えています。

 わたしの訳は以下のとおりで、これと同じ処理をした人が数人いました。

「生け贄か」ドングランは打ちひしがれて言った。
「でもわたしが手伝えば、たぶんあなたを生け贄じゃなくて生け逃げ【ヽヽ】にしてあげられる」ソフィーは微笑んだ。そして言った。「冗談を言ったのよ。わからない?」

 このほか、わたしの訳文よりよくできている(つまり、意味が通って、よりくだらない)と感じたのは以下の例です。

「生け贄じゃなくて、イケイケにしてあげる」
「あなたは生け贄にならずにすんで、行けイエーイと逃れられる」

 あと1回か2回、The Da Vinci Cod から選んで受講生の訳を紹介します。次回はこの個所です。

 Directly opposite Saune-Lurker's office door was a mural, or 'wall painting', of Leonardo's celebrated Last Supper, filling the space from door to ceiling.

 朝日カルチャーセンターの「英米小説の翻訳」クラスでは、つぎの7月期もこの作品を扱います。

新宿火曜午前(7月4日&8月1日&9月5日、10時から11時30分)
新宿土曜午後(7月1日&8月5日&9月2日、12時30分から14時)
横浜(7月8日&8月26日&9月9日、15時15分から16時45分)
中之島(7月22日、13時から16時)

 毎回原書1ページの予習教材があるので、特に新宿教室の人はなるべく早く申しこんでください。

 ほかの講座・講演についてはこの記事をご覧ください。
 

2017年6月23日 (金)

INFORMATION 2017-06-23

 集英社文庫から『鏡の迷宮』(E・O・キロヴィッツ著)が刊行されました。

 三十年近いキャリアを持つルーマニアのベストセラー作家が、はじめて英語で書いた作品です。

 四人の人間の語りから構成され、だれの記憶が正しいのか、だれが嘘をついているのかがわからず、読者をまさに迷宮へ誘いこんでいく作品です。ジュリアン・バーンズの『終わりの感覚』やアラン・レネの〈去年マリエンバートで〉、黒澤明の〈羅生門〉(または芥川龍之介の「藪の中」)といった作品に似たところのある奇妙な味わいのミステリーです。

 長さも文庫で300ページ余りと手ごろなので、ぜひご一読ください。
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 朝日カルチャーセンター新宿・横浜・中之島各教室の7月期文芸翻訳講座がまもなく開講します。特に、月1回の「英米小説の翻訳」に参加を希望なさるかたは、予習教材(1回につき原書1ページ程度)があるので、早めに申し込んでください。

 各教室でおこなわれている講座を一覧したい場合は、新宿はこのページ、横浜はこのページ、中之島はこのページへ行って、講師名を入れてもらえれば、まとめて見ることができます。

 全体のくわしい内容については、このブログの記事を見てください。
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 プロジェクト『外国の本っておもしろい!』は、おかげさまですでに目標額を達成して刊行が決まりましたが、今月末までご支援を受けつけています。今後この本を広く売っていくため、読書探偵作文コンクールをつづけていくために、資金は多いに越したことはないというのが本音です。

 7月30日の記念イベントやパーティーは、6月末を過ぎると、仮に同額を払うと申し出てくださっても参加できません(支援者限定の催しなので)。特別プレゼントの小学生向け新訳「ぬすまれた手紙」についても同様です。どうぞご注意ください。

 すでにご支援くださっている方が、金額を追加するなどして、イベントやパーティーのコースに変更することは可能です。変更を希望なさる場合はサウザンブックスにお問い合わせください。

 7月30日の記念イベントは、アフリカの民族音楽の実演、フィンランドとのスカイプ中継、英語・中国語・ポルトガル語の絵本の朗読(原語&日本語)など、大人も子供も楽しめる盛りだくさんの内容です(出演者からのメッセージはここ)。まだまだ空きがあるので、いまからでもぜひお申しこみください。

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